研究系及び研究施設の現状 97
米 満 賢 治(助教授)
A -1)専門領域:物性理論
A -2)研究課題:
a) 交互積層型電荷移動錯体の多重臨界挙動の起源 b)光誘起イオン性中性相転移における閾値挙動と協調性
c) 光誘起中性イオン性相転移における線型挙動と秩序形成への指針 d)スピンクロスオーバー錯体における光誘起無秩序化
e) スピンクロスオーバー錯体の2段転移と光誘起中間相
A -3)研究活動の概略と主な成果
a) 交互積層型電荷移動錯体では中性イオン性相転移に付随して二量化転移や強誘電転移が起こる。T T F -C A では常圧 でこれらが同時に起こるが,高圧下では異なる温度で起こるために常誘電イオン性相が生じ,三重臨界点の存在が 指摘されている。電荷移動量と二量化歪みが必ずしも同時に変化しないことを考慮した最も簡単な古典的モデルで ある,擬1次元ブルーム・エメリー・グリフィスモデルによると,中性相から常誘電イオン性相に転移する温度の圧 力依存性が正しく再現されない。このモデルでは厳密に解ける極限的な場合について,エントロピーの効果あるい はモデルに内在する擬対称性により,ほぼ普遍的にこの転移温度の圧力依存性が決まる。ゆえにこのモデルでは表 せない弱い相互作用が効いていることが示唆される。そこで量子化学計算から既に示唆されている電歪効果,つま り鎖に垂直な方向の格子変位と電荷移動量の相互作用を取り入れた。自由エネルギーに電荷移動量の4乗項が加わ り,T T F -C A の相図と鎖に垂直な方向の格子定数を同時に再現することができた。分極率の温度・圧力依存性につい て大雑把にしか再現しないのは,電子の遍歴性による効果だと思われる。
b)電荷移動錯体T T F -C A は光照射によりイオン性相から中性相に,またその逆に転移させることができることが知ら れており,前者では閾値挙動や巨視的振動が観測されている。1次元拡張パイエルス・ハバードモデルを平均場近似 し,電子の波動関数について時間依存シュレディンガー方程式,格子変位について古典的運動方程式を解いて,電荷 と格子の結合したダイナミクスを調べてきた。ここではパルスをより現実的に扱うために,振動電場をトランス ファー積分のパイエルス位相として取り入れ,パルス電場の振動数,振幅,時間幅を独立に変えて計算を行った。二 量化したイオン性相を光照射した場合,吸収される光子数に比例すると考えられるエネルギー増加の関数として電 荷移動量をプロットすると,閾値挙動が現れ,パルス電場の振幅や時間幅などにあまり依存しないことがわかった。 相転移は中性ドメインの核形成とドミノ倒し的な広がりによって起こる。励起子吸収ピークより低振動数側の格子 揺らぎにより局在化した励起子生成に対応する振動数で,より効率的に相転移する。パルス電場を強く短くすると 二量化の消失と電荷移動が同じ時間スケールで起こるが,弱く長くすると電荷移動する前にイオン性相の分極が乱 れてしまい,平均的に反転対称性が回復し常誘電イオン性相ができた後で中性相に転移することがわかった。 c) 電荷移動錯体 T T F -C A では中性相からイオン性相への転移も観測されている。そこで上記と同じモデルと方法で,
分子がほぼ等間隔に並んだ中性相を光照射した場合のダイナミクスを調べ,イオン性相を光照射した場合と定性的 に異なる挙動を明らかにした。吸収された光子数の関数として電荷移動量をプロットすると広い範囲で線型である。
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つまり協調性が見られず,注入されたエネルギーに比例して電荷移動が起こっただけであった。これは最新の実験 結果と矛盾しない。その比例定数はパルス電場の振幅や時間幅にほぼ独立で,単純な平均場計算では入らないスピ ン揺らぎを考慮しても変わらない。相転移はゆるやかに起こり,ドミノ倒しとは異なって相境界がはっきりせず,急 に広がることもない。光照射をとめると電荷移動量は変化しないので相転移の途中で電場を切ると中間的な相が現 れ持続する。これは孤立系で全エネルギー保存の計算をしているためで,散逸を取り入れると中性相に戻ることと 予想される。励起子吸収ピークの振動数で最も効率的に相転移する。パルス電場の性質を変えても,イオン性相での 分極はそろわず無秩序のままであった。これは3次元性を考慮していないためと考えられる。相転移の向きにより 定性的に異なるこれらの挙動の起源が,格子のコヒーレンスなのか対称性なのかそれとも電子状態そのものの違い なのかを明らかにするために,古典モデルにマップし確率論的な時間発展を計算している。
d) 光を照射することで低スピン相から高スピン相へ転移するスピンクロスオーバー錯体が多く知られている。そのな かで,熱平衡条件で2段転移する物質に興味をもっている。相互作用の競合により新たなダイナミクスが期待され るからである。[Fe(2-pic)3]Cl2·EtOHは本年,熱平衡の下の中間相で高スピンと低スピンが規則的に並んでいることが 実験的に明らかになったが,光照射してもそのような中間状態は現れないことが示唆されている。そこで,競合する 相互作用をもつ二副格子の格子変位モデルを考え,各状態間のポテンシャル障壁を計算した。全体的には高スピン 密度が増えるほど高スピンが安定になる。しかし過渡的には高スピン低スピン乱雑状態が有利になる。これは高低 スピン背景に埋め込まれた高低スピン状態が低高スピン状態に比べて不安定なことによる。
e) 2段転移するスピンクロスオーバー錯体の一般的な性質をみるために,二量体の内外,副格子の内外で競合する相 互作用をもつ二副格子の古典スピンモデルを考え,平均場計算とモンテカルロ計算を行った。二量体内の結合が強 いほど中間相の温度域が広いことを確認した。連続光照射中の時間発展をモンテカルロ法で計算し,光照射強度に 対する閾値挙動,過渡的に現れる高低および低高スピン状態の相分離,光照射強度によって現れる高スピン割合の ステップ的増加などを見出した。二量体内の結合が強ければ高低・低高スピン状態は長時間にわたって存在できる。 これは最近観測されている新たな2段転移スピンクロスオーバー錯体の光誘起状態と矛盾しない。
B -1) 学術論文
K. YONEMITSU and N. MIYASHITA, “Coherence Recovery and Photoinduced Phase Transitions in One-Dimensional Halogen-Bridged Binuclear Platinum Complexes,” Phys. Rev. B 68, 075113 (9 pages) (2003).
N. MIYASHITA, M. KUWABARA and K. YONEMITSU, “Electronic and Lattice Dynamics in the Photoinduced Ionic-to- Neutral Phase Transition in a One-Dimensional Extended Peierls-Hubbard Model,” J. Phys. Soc. Jpn. 72, 2282–2290 (2003).
B -2) 国際会議のプロシーディングス
K. YONEMITSU, “Correlation-Induced Dimensional Crossovers of Charge-Transfer Excitations in Quasi-One-Dimensional Organic Conductors,” Synth. Met. 133-134, 7–9 (2003).
M. KUWABARA, K. YONEMITSU and H. OHTA, “Self-Doping Effect on the Mott Transition Accompanied with Three- Fold Charge Ordering in (DCNQI)2Cu,” Synth. Met. 133-134, 295–297 (2003).
K. YONEMITSU, “Dynamic Spin Correlations near Neutral-Ionic Phase Transitions,” Physica B 329-333, 1219–1220 (2003). K. YONEMITSU, N. MIYASHITA and M. KUWABARA, “Photoexcited States and Photoinduced Dynamics in Electronic Phases of MMX-Chain Systems,” Synth. Met. 135-136, 521-522 (2003).
研究系及び研究施設の現状 99 N. MIYASHITA, M. KUWABARA and K. YONEMITSU, “Photoinduced Dynamics of Ionicity near the Neutral-Ionic Phase Boundary in a One-Dimensional Extended Peierls-Hubbard Model,” Synth. Met. 135-136, 645-646 (2003).
B -3) 総説、著書
米満賢治 , 「低次元金属錯体の多様な電子物性の起源」, 大川尚士 , 伊藤翼編「集積型金属錯体の科学」, II 部 12 章 , 化 学同人 (2003).
B -4) 招待講演
岸根順一郎 , 「電荷移動錯体 T T F -C A 系の圧力下臨界挙動・イオン性常誘電相とイオン性強誘電相」, 分子研研究会「分 子を構成要素とする新しい電子機能物質」, 岡崎コンファレンスセンター, 2003年 3 月 .
岸根順一郎 , 「低次元強相関電子系の多体問題」, 大阪市立大学大学院集中講義 , 大阪 , 2003年 6 月 . 岸根順一郎 , 「電荷移動錯体 T T F -C A の多重臨界挙動」, 大阪市立大学物性談話会 , 大阪 , 2003年 6 月 .
J. KISHINE, “Dimensionality, Electronic Correlation, and Low-Temperature Phases in Condensed Molecular Materials: Selected Topics from Recent Progress,” International Summer School for Young Researchers on “Quantum Transport in Mesoscopic Scale and Low Dimensions,” Kashiwa (Japan), August 2003.
米満賢治 , 「MMX 錯体と電荷移動錯体の光誘起相転移におけるコヒーレンス」, 高エネルギー加速器研究機構物質構造 科学研究所放射光セミナー, つくば , 2003年 11月 .
K. YONEMITSU, “How Photoinduced Ionic-to-Neutral and Neutral-to-Ionic Transitions Can Be Different in TTF-CA,” AIST Correlated Electron Research Center Seminar, Tsukuba (Japan), November 2003.
K. YONEMITSU, “Coherence and Order Construction/Deconstruction in Photoinduced Phase Transitions of Mixed-Stack Organic Charge-Transfer Complexes,” Institute of Physics, Wroclaw University of Technology, Wroclaw (Poland), November 2003.
K. YONEMITSU, “Coherence Recovery and Photoinduced Phase Transitions in Halogen-Bridged Binuclear Platinum Complexes,” Institute of Low Temperature and Structural Research, Polish Academy of Sciences, Wroclaw (Poland), November 2003.
米満賢治 , 「光誘起相転移におけるコヒーレンスと電子格子ダイナミクス」, 京都大学物理学第一教室談話会 , 京都 , 2003 年 12 月 .
B -7) 学会および社会的活動 学協会役員、委員
日本物理学会名古屋支部委員 (1996-97, 98-2000). 日本物理学会第 56期代議員 (2000-01).
日本物理学会領域 7(分子性固体・有機導体分野)世話人 (2003-04). 学会誌編集委員
日本物理学会誌 , 編集委員 (1998-99).
100 研究系及び研究施設の現状 B -8) 他大学での講義、客員
京都大学理学部 , 「物理学第一特別講義7:低次元物質系の相転移ダイナミクス」, 2003 年 12 月 .
C ) 研究活動の課題と展望
分子性物質のもつ多様な電子物性を利用した新たな機能の可能性を探るために,動的かつ集団的な変化がもたらす現象 を研究している。熱平衡状態における空間的にも時間的にもほぼ一様な構造や電子状態については,低次元特有の量子揺 らぎや電子相関があるにせよほぼ統一的な理解がされているように思う。一方でこれらが何らかの非平衡条件にさらされた ときの物性は,それほどわかっておらず開拓の余地が大きく残っている。外部からの制御可能な短時間の強制的摂動により
大きな時空間変化を伴う現象として,光誘起相転移の機構を理論的に調べてきた。構造の異方的により変化の起こりやすい 方向があり,特有のダイナミクスをもっているのは分子性物質特有のことである。さらに構造変化を伴う電荷分極とそれを必 ずしも伴わない電荷移動を異なる時間スケールで起こすように摂動を工夫できることについても分かってきた。実験を再現 し,より現実的に制御する方法を提言するには,3次元的構造や散逸構造を取り入れる必要がある。今後は界面など作為的
に境界条件を課された物質の空間変化を伴う現象,その非平衡条件での電子物性にも研究を広げていきたい。